泣Y国中の最も小なる二郡とあえて軒輊《けんち》なき人口を有するに過ぎざる二小国(トランスヴァールとオレンジ自由国)」に対し、武力をもってその要求を強制せんとするは、非道のはなはだしきものである。大英国にとって最大の宝は、「すべての国の弱き者、しいたげられおる者のために、その希望たり楯《たて》たる特性すなわちこれである。こはこの大英国の栄光中最も赫耀《かくよう》たる霊彩を放てる宝玉である。」(ロイド・ジョージ演説中の一句、内《うち》ヶ|崎《さき》作三郎《さくさぶろう》君の訳による)。南アの辺境にいかに莫大《ばくだい》の金銀を蔵すればとて、大英国伝来のこの宝玉と交換せんとするは、無道の極であると。すなわち一八九九年彼カナダにおもむくの途中一たび開戦の報を耳にするや、彼は直ちに踵《くびす》をめぐらし、馳《は》せてロンドンに帰り、即時に猛烈なる非戦運動を始めたのである。
 国民全体が戦争熱に浮かされているまっただ中に、それら熱狂せる同胞を非難攻撃して、非戦運動を始むるほど世に無謀な仕事はない。彼の友人、彼の同情者、彼の後援者は、こぞってこの無謀なる事業に反対し、彼がせっかくの人気をば一朝にして失墜せんことをおそれ、ぜひに沈黙を守らんことを切諫《せっかん》した。しかも義を見てなさざるは勇なきなり。しかして彼ロイド・ジョージは勇者である。彼はすなわち囂々《ごうごう》たる反対、妨害、罵詈《ばり》、讒謗《ざんぼう》をものともせず、非戦論をひっさげて全国を遊説せんと志し、まず自己の選挙区に帰るや、有権者団体は、この地において公開演説を開催することのきわめて不得策なるを主張してやまざりしに、彼は答えていう、もし諸君にしてしいて爾《し》か主張せらるるならば、余は議員の職を辞するもいとわずと。かくてウェールズにおける第一回の演説は反抗心に満てる聴衆を前にしてカーマーゼンといえる所にて催されしが、当時における彼の精神は、次の一句の中に活躍していると思う。彼いわく
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「余の見てもって破廉恥となすもの(南ア戦争)に対し、余にしてもしこれに抗議するがため、この最初の機会はもちろんその他すべての機会をとらえずしてやむならば、余は神及び人の前に立って、自ら一個不忠の卑怯漢《ひきょうもの》たるの感をなさざるを得ぬであろう。されば余は、今夜《こよい》も、ここにあえて抗議する。たといあ
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