第二策となすゆえんである。
 しかるにさらに考うれば、たとい第一策にして行なわれず、まだ第二策にして行なわれずとするも、もし今日の経済組織を改造すれば、やはり貧乏退治の目的を達しうるがごとくである。少なくともそういう事を考え浮かぶ人がありうるはずである。何ゆえというに今日多数人の生活必要品が充分に生産されぬのは、貨物の生産というたいせつな事業が私人の金もうけの仕事に一任してあるからである。一国の軍備でも教育でももしこれを私人の金もうけの仕事に一任しておくならば、到底その目的を達し得らるるものではない。しかるに軍備よりも教育よりもなおいっそうたいせつなる生活必要品の生産という事業をば今日は私人の金もうけの仕事に一任しているから、それで各種の方面に遺憾な事が絶えないのである。ゆえに今日の貧乏を退治せんとすれば、よろしく経済組織の改造を企て、私人の営利事業のうち、国民の生活必要品の生産調達をつかさどるものは、ことごとくこれを国家事業に移すべしなどいう思想が出て来るのである。これ余が経済組織の改造をもって貧乏退治の第三策となすゆえんである。今余は便宜のため、以下まずこの第三策より吟味するであろう。[#地から1字上げ](十一月十四日)

       九の一

「経済学は英国の学問にして、英国は経済学の祖国なること、たれ人も否むあたわざるの事実なり」(福田《ふくだ》博士の言)。今その英国に育ちたる経済学なるものの根底に横たわりおる社会観を一言にしておおわば、現時の経済組織の下における利己心の作用をもって経済社会進歩の根本動力と見なし、経済上における個々人の利己心の最も自由なる活動をもって、社会公共の最大福利を増進するゆえんの最善の手段なりとなすにある。しかるに、元来人は教えずして自己の利益を追求するの性能を有する者なるがゆえに、ひっきょうこの派の思想に従わば、自由放任はすなわち政治の最大|秘訣《ひけつ》であって、また個人をしてほしいままに各自の利益を追求せしめおかば、これにより期せずして社会全体の福利を増進しうるということが、現時の経済組織の最も巧妙なるゆえんであるというのである。すなわち現時の経済組織を謳歌《おうか》し、その組織の下における利己心の妙用を嘆美し、自由放任ないし個人主義をもって政治の原則とすということが、いわゆる英国正統学派の宗旨とするところである。さればいや
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