#(チ)]須《ベシ》[#二]索[#(メテ)][#レ]酒[#(ヲ)]花前[#(ニ)]酔[#(フ)][#一]、初[#(テ)]見[#(ル)]今年[#(ノ)]第一枝と。初め但《た》だ桃花に一種早く開ける者あるのみと謂《おも》へり。成都に遊ぶに及んで、始めて所謂小桃なる者は、上元前後即ち花を著け、状は垂糸の海棠の如くなるを識る。曾子固の雑識に云ふ、正月二十開、天章閣賞小桃と。正に此を謂ふなり。(老学庵筆記、巻四)[#原文は括弧「〔〕」を使うが、他の所と一致させるため改める]
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○上元は旧暦正月十五日。即ち小桃と云ふのは、百花に先だちて正月匆々に咲く海棠に似た花なのである。東坡の陳述古に答ふと題する詩に
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小桃破萼未[#レ]勝[#レ]春、 羅綺叢中第一[#(ノ)]人
聞道《キクナラク》使君歸[#(リ)]去[#(ルノ)]後、 舞衫歌扇總[#(テ)]成[#レ]塵
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といふのがあるが、放翁の説明によつて起承二句の意味がよく分かる。ところで続国訳漢文大成の蘇東坡詩集を見ると、岩垂憲徳氏は、之に対して次のやうな講釈を加へて居られる。「春風が柳を吹いて、緑は糸の如く、晴れた日は、紅を蒸して小桃を出すと云ふが、小桃が紅萼を発いたので、却て春に勝《た》へられない風情がある。そして綾錦羅綺の中に、解語の第一人がある」。凡そ此の種の講釈本をたよりに、漢詩を味ふことの如何に難きかは、之によつて愈※[#二の字点、1−2−22]悟るべきである。
○放翁自身の詩にも次のやうなのがある。序に書き添へて此の稿を了ることにしよう。
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西村一抹[#(ノ)]煙、 柳弱[#(ク)]小桃妍
要[#レ]識[#二]春風[#(ノ)]處[#一]、 先生※[#「手へん+主」、第3水準1−84−73]杖[#(ノ)]前
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八月に入りてより屡※[#二の字点、1−2−22]高熱を発し、九月に入るも未だ癒えず。病間この稿を成す。
[#地から3字上げ]昭和十六年九月九日 閉戸閑人
底本:「河上肇全集 20」岩波書店
1982(昭和57)年2月24日発行
底本の親本:「陸放翁鑑賞 下巻」三一書房
1949(昭和24)年11月発行
入力:はまなかひとし
校正:今井忠夫
2004年5月18日作成
2005年11月2日修正
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