ち逝き、
待終我卻弔遺芳 終りを待てる我、却て遺芳を弔ふ。
雨暗暮江柳[#「柳」に「〔楊〕」の注記] 雨は暗し暮江の柳[#「柳」に「〔楊〕」の注記]。
[#地から1字上げ]六月六日、六月十日、六月二十六日、定稿
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閑中好
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閑中好 閑中好し
青帙散空牀 青帙空牀に散ず、
此趣人無會 此の趣、人の会する無し、
白雲環草堂 白雲草堂を環《めぐ》る。
[#地から1字上げ]六月十日
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夏日戯に作る
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何を食べてもこんなにおいしいものが
またとあらうかと思うて食べる。
大概は帙をひもといて古人の詩を読んで暮らす。
倦み来りて茗をすすり疲れ来らば枕に横たはる。
家はせまけれど風南北に通じ、
銭を用ひずして涼風至る。
こんなよい気持が人の身に
またとあらうかと疑はれる。
生きてゐる甲斐ありとつくづく思ふ。
しかしまたいつ死んでもよいと思ふ。
生きてゐてもよく、死んで行つてもよい、
これ以上の境涯はまたと世になからうではないか。
[#地から1字上げ]六月十三日
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夏涼
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茅屋階下雖不過三間、夏來而頗涼
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臥月吟詩草屋隈 月に臥して詩を吟ず草屋の隈、
北窗南※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]向風開 北窓南※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]、風に向つて開く。
清風明月何無主 清風明月何ぞ主なからむ、
嘗賭一身贏得來 嘗て一身を賭して贏ち得来たる。
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(東坡前赤壁賦、「天地之間、物各有主、惟江上之清風與山間之明月、取之無禁、用之不竭。」)
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[#地から1字上げ]六月十四日
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菩薩蠻
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清風明月吟詩臥 清風明月、詩を吟じて臥す。
誰言風月元無價 誰か言ふ風月元と価なしと。
踏怒浪狂雷 怒浪狂雷を踏み、
抛身換得來」 身を抛つて換へ得来たる。」
屋如江上槎 屋は江上の槎の如く、
身是山間蝸 身は是れ山間の蝸。
紫陌九衢傍 紫陌九衢の傍、
獨棲白雲郷 独り棲む白雲の郷。
[#地から1字上げ]六月十四日
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草廬
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草廬何所樂 草廬何の楽むところぞ、
春晩賦詩頻 春|晩《く》れて詩を賦すること頻りなり。
小院無窮興 小院窮りなきの興、
今朝竹葉新 今朝竹葉新たなり。
[#地から1字上げ]六月十四日
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六月十九日夢
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六月十九日夜、夢に、再び安逸の生活を脱せざるを得ざる必要に迫まられ、また家人と分れ、詩書とも分れざるを得ざるかと思ひ、心せつなく、如何にせば宜しからんと迷ひ居るうち、夢始めて醒め、暫くは果して夢なりしかと疑ふほどなりき
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欲重臨易水 重ねて易水に臨まんとし、
夢破粟膚生 夢破れて粟膚生ぜり。
嘗臥幽囹月 嘗て幽囹の月に臥す、
至今夢易驚 今に至るも夢驚き易し。
[#地から1字上げ]六月二十一日作
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自畫像(六十四歳夏)
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休怪作魚蠹 怪むを休めよ魚蠹と作《な》れるを、
惟愛古賢詩 惟だ古賢の詩を愛するなり。
茅堂一架帙 茅堂一架の帙、
取次百花披」 取次百花|披《ひら》けり。
天許閑兼健 天は許す閑と健とを、
粗飯甘如飴 粗飯甘きこと飴の如し。
不憂一箪食 憂ひず一箪の食《シ》、
不求五鼎滋」 求めず五鼎の滋。
隨分眼前樂 分に随うて眼前を楽む。
無客獨覆棋 客無くんば独り棊を覆し、
倦來則曳杖 倦み来らば則ち杖を曳いて
間尋古佛祠」 間《カン》に古仏の祠《ほこら》を尋ぬ。
別有身後慰 別に身後を慰むる有り。
扁舟弄潮兒 扁舟弄潮児、
浮沈千重浪 浮沈千重の浪。
聊期月明知」 聊か月明の知るを期す。
故舊哀貧賤 故旧貧賤を哀むも、
貧賤元所期 貧賤元と期する所。
不慙被寛褐 寛褐を被るを慙ぢず、
不羨坐虎皮」 虎皮に坐するを羨まず。
不學嘗糞陋 嘗糞の陋を学ばず、
不顧利名羈 利名の羈を顧みず。
怡怡伍鄰保 怡々として隣保に伍し、
竊喜志未移」 窃に喜ぶ志の未だ移らざるを。
旁人憐寂寞 旁人寂寞を憐むも、
寂寞何足悲 寂寞何ぞ悲むに足らむ。
千里少年夢 千里少年の夢、
愛靜老馬疲」 静を愛して老馬疲る。
招涼北窗下 涼を招く北窓のもと、
不妨庭無池 妨げず庭に池なきを。
疎鐘坐暮雨 疎鐘、暮雨に坐す、
百年最好時」 百年最も好き時。
心願已盡滿 心願已に尽
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