らひとまのいへにとりかこむきみがたまどこ思《も》へばかなしも[#地から1字上げ]十二月十三日

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昭和十五年大晦日
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いまはただひとつのみあるわがねがひいたみなく病みてらくに死なまし
[#改段]

  〔昭和十六年(一九四一〕

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谷口博士見贈榧製棋局賦詩謝之
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憑君爲我畫※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]仙  君に憑む我がために※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]仙を画け、
六十三翁獨樂天  六十三翁ひとり天を楽む。
風骨※[#「月+瞿」、76−下−5]然如病鶴  風骨※[#「月+瞿」、76−下−5]然病鶴の如し、
蠹簡堆中棋局前  蠹簡堆中棋局の前。
[#地から1字上げ]二月十八日

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畑田君見誘探梅以詩答之
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衰翁六十又加三  衰翁六十また三を加ふ、
莫怪春來尚蟄庵  怪むなかれ春来尚庵にひそむを。
病骨支離難耐歩  病骨支離歩に耐へがたし、
間窗枕帙夢江南  間窓帙を枕として江南を夢む。
[#地から1字上げ]三月四日

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相澤秀一君之任鴻城
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春來無客到  春来客の到る無く、
棋局自生塵  棋局おのづから塵を生ず。
君去風流絶  君去つて風流絶え、
間居空戀人  間居して空しく人を恋ふ。
[#地から1字上げ]三月九日

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時事
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※[#「走にょう+(咨−口)」、77−上−8]※[#「走にょう+且」、第4水準2−89−22]逡次暮江前  ※[#「走にょう+(咨−口)」、77−上−8]※[#「走にょう+且」、第4水準2−89−22]逡次、暮江の前、
宛似萬延元治年  宛として万延元治の年に似たり。
野老不關軍國事  野老関せず軍国の事、
粗飯一飽抱琴眠  粗飯一飽、琴を抱いて眠る。
[#地から1字上げ]三月十一日

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圍碁
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厭盡紛紛世上爭  厭尽す紛々たる世上の争、
但留客好對楸※[#「木+怦のつくり」、第4水準2−14−44]  但だ客を留め好んで楸※[#「木+怦のつくり」、第4水準2−14−44]に対す、
不問客從何處到  問はず客の何処より到るかを、
堪嗤衰翁索居情  嗤ふに堪へたり衰翁索居の情。
[#地から1字上げ]三月十二日

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偶成(對鏡似田夫)
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形容枯槁眼※[#「目+多」、第4水準2−81−94]昏  形容枯槁、眼《まなこ》※[#「目+多」、第4水準2−81−94]昏《シコン》、
眉宇纔存積憤痕  眉宇纔に存す積憤の痕。
心如老馬雖知路  心は老馬の如く路を知ると雖も、
身似病蛙不耐奔  身は病蛙に似て奔るに耐へず。
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轉句借放翁詩
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[#地から1字上げ]三月十四日

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交情囘首薄如煙
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虚名泯去老殘身  虚名泯び去る老残の身、
始見人情眞不眞  始めて人情の真と不真を見る。
昨夜燈下交膝客  昨夜灯下交膝の客、
今朝忽作路傍人  今朝忽ち路傍の人と作《な》る。
[#地から1字上げ]三月二十四日

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辛巳初春、殘寒未去時、氷谷博士遊于志賀
高原、見寄殘雪句、(残雪や浮世の風の来
ぬあたり、)賦詩乞正
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當年同是讀書人  当年同じく是れ読書の人、
今日獨空歎老身  今日独り空しく老身を歎ず。
高原踏雪君搜句  高原雪を踏んで君は句を捜め、
陋巷擁爐我待春  陋巷炉を擁して我は春を待つ。
[#地から1字上げ]四月九日

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偶成
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身攀錦江再生縁  身は攀づ錦江再生の縁、
心似香山放妓年  心は似たり香山放妓の年。
壯圖如夢落花夕  壮図夢の如し落花の夕、
老殘寒儒誰爲憐  老残の寒儒誰か為めに憐まん。
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南洲與僧月照投于錦江灣。白樂天晩年住于香山自號香山居士。
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[#地から1字上げ]四月九日

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原鼎君見贈陸放翁全集、喜甚、賦詩謝之
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放翁詩萬首  放翁、詩、万首、
一首直千金  一首千金に直《あたひ》す。
擧付斯茅宇  挙げて斯の茅宇に付し、
教誇月色深  月色の深きを誇らしむ。
[#地から1字上げ]四月二十四日

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心平
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心平無厭夢  心平かにして厭夢なく、
身靜有良朋  身静かにして良朋あり。
愛此殘春夕  此の残春の夕を愛し、
悠然待月昇
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