築き池を掘り、石橋を架け石燈籠を据ゑ、松を植ゑ木槲《もくこく》を植ゑ躑躅《つつじ》を植ゑなどして、お庭らしいものを作る。たとひ小さな借家の僅かな空地でも、なるべくそれに似たものにするのが、京都人の流儀だが、私はさうした人為的な庭を好まない。たゞの平地に植ゑられた色々な種類の花卉に取囲まれてゐる家――家の小さな割に地面の広いのが望みである。私は東籬の記を読んで、ちよつとそんな風な住ひを想像するのである。
 放翁は五つの石瓮を埋め、それに泉を貯へて沢山の白蓮を植ゑたと云つてゐるが、私も出来ることなら、さうした水は欲しいと思つてゐる。今から三十年前、始めて京都へ赴任した時、千賀博士のところへ挨拶に行つたら、それは藁葺の家だつたが、客間の南は広々とした池になつてゐて、よく肥えた緋鯉が、盛んな勢で新陳代謝する水の中を游ぎ廻つてゐた。私はそれを見て、ひどく羨ましかつたものだ。そこは下鴨神社のすぐ側で、高野川の河水が絶えず滲透してゐる低地なので、少し土を掘ると恐らくかうした清泉が自然に迸り出てゐたのであらう。総じて京都のやうな、山に囲まれた狭い盆地の中を川が流れてゐる処では、山手に限らず市中でも、少
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