こちん[#「こちん」に傍点]とした体と心とになつて自分の床に帰つた。あたりは死に絶えたやうに静まり返つてしまつた。寝がへりを打つのさへ憚《はゞか》られるやうな静かさになつた。
彼はさうしたまゝでまんじり[#「まんじり」に傍点]ともせずに思ひふけつた。
ひそみ切つてはゐるが、妻が心の中で泣きながら口惜しがつてゐるのが彼にはつきり[#「はつきり」に傍点]と感ぜられた。
かうして稍※[#二の字点、1−2−22]《やゝ》半時間も過ぎたと思ふ頃、かすかに妻の寝息が聞こえ始めた。妻の思ひとちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]になつた彼の思ひはこれでとう/\全くの孤独に取り残された。
妻と子供とを持つた彼の生活も、たゞ一つの眠りが銘々をこんなにばら/\に引き離してしまふ。彼は何処からともなく押し逼《せま》つて来る氷のやうな淋しさの為めに存分にひしがれてゐた。水色の風呂敷で包んだ電球は部屋の中を陰欝に照らしてゐた。彼は妻の寝息を聞くのがたまらないで、そつちに背を向けて、丸つこく身をかがめて耳もとまで夜着を被つた。憤怒の苦《にが》い後味《あとあぢ》が頭の奥でいつまでも/\彼を虐《しひた》げようとした
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