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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)始末に困《こう》じて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)思ふ程|燥《かわ》き果て
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)略※[#二の字点、1−2−22]《ほゞ》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)彼はとう/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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彼はとう/\始末に困《こう》じて、傍《かたはら》に寝てゐる妻をゆり起した。妻は夢心地に先程から子供のやんちや[#「やんちや」に傍点]とそれをなだめあぐんだ良人の声とを意識してゐたが、夜着に彼の手を感ずると、警鐘を聞いた消防夫の敏捷《びんせふ》さを以て飛び起きた。然し意識がぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]して何をするでもなくそのまゝ暫くぢつとして坐つてゐた。
彼のいら/\した声は然し直ぐ妻を正気に返らした。妻は急に瞼《まぶた》の重味が取り除《の》けられたのを感じながら、立上つて小さな寝床の側に行つた。布団から半分身を乗り出して、子供を寝かしつけて居た彼は、妻でなければ子供が承知しないのだと云ふことを簡単に告げて、床の中にもぐり込んだ。冬の真夜中の寒さは両方の肩を氷のやうにしてゐた。
妻がなだめたならばと云ふ期待は裏切られて、彼は失望せねばならなかつた。妻がやさしい声で、真夜中だからおとなしくして寝入るやうにと云へば云ふほど、子供は鼻にかゝつた甘つたれ声で駄々をこねだした。枕を裏返せとか、裏返した枕が冷たいとか、袖《そで》で涙をふいてはいけないとか、夜着が重いけれども、取り除《の》けてはいけないとか、妻がする事、云ふ事の一つ/\にあまのじやく[#「あまのじやく」に傍点]を云ひつのるので、初めの間は成るべく逆《さか》らはぬやうにと、色々云ひなだめてゐた妻も、我慢がし切れないと云ふ風に、寒さに身を慄《ふる》はしながら、一言二言叱つて見たりした。それを聞くと子供はつけこむやうに殊更声を曇らしながら身悶《みもだ》えした。
彼は鼻の処まで夜着に埋まつて、眼を大きく開いて薄ぼんやりと見える高い天井を見守つたまゝ黙つてゐた。晩《おそ》くまで仕事をしてから床に這入《はい》つたので、重々しい睡気《ねむけ》が頭の
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