らっしゃいます。そうです、そこには家《うち》にある通りの本棚と箪笥とが来ていたのです。僕はいくらそんな所を探したって僕はいるものかと思いながら、暫《しばら》くは見つけられないのをいい事にして黙って見ていました。
「どうもあれがこの本の中にいないはずはないのだがな」
とやがておとうさんがおかあさんに仰有《おっしゃ》います。
「いいえそんな所にはいません。またこの箪笥の引出しに隠れたなりで、いつの間にか寝込んだに違いありません。月の光が暗いのでちっとも見つかりはしない」
とおかあさんはいらいらするように泣きながらおとうさんに返事をしていられます。
やはりそれは本当のおとうさんとおかあさんでした。それに違いありませんでした。あんなに僕のことを思ってくれるおとうさんやおかあさんが外《ほか》にあるはずはないのですもの。僕は急に勇気が出て来て顔中《かおじゅう》がにこにこ笑いになりかけて来ました。「わっ」といって二人を驚《おどろ》かして上げようと思って、いきなり大きな声を出して二人の方に走り寄りました。ところがどうしたことでしょう。僕の体は学校の鉄の扉を何の苦もなく通りぬけたように、おとうさん
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