情感の底に温めていない憾《うら》みがある。少なくとも、進んで新生活に参加する力なしとて、退いて旧生活を守ろうとする場合、新生活を否定しないものであるかぎり、そこに自己の心情の矛盾に対して、平らかなりえない心持ちの動くべきではないか」と片山氏はあるところで言っている。兄よ、前に述べたところから兄も察するであろうごとく、もし僕に狐のような怜悧な本能があったならば、おそらく第四階級的作品を製造し、第四階級的論文を発表して、みずから第四階級の同情者、理解者をもって任じていたろうと思うよ。相当にぜいたくのできる生活をして、こういう態度に出るほど今の世に居心地のよい座席はちょっとあるまいと思われるから。自己の心情の矛盾に対して、平らかなりえない心持ちの動くべきではないかとの氏の詰問には一言もない。僕は氏が希望するほどにそうした心持ちを動かしてはいなかったようだ。ここで僕は氏に「己《おの》れはあえて旧生活を守りながら、進んで新生活の思想に参加せんとする場合、新生活を否定しないものであるかぎり、そこに自己の心情に対して、平らかなりえない心持ちの動くべきではないか」と尋ねてみたいとも思うが、それは少し僭
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