片信
有島武郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蟄伏期《ちっぷくき》も

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)近来|出遇《であ》わなかった
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 A兄
 近来|出遇《であ》わなかったひどい寒さもやわらぎはじめたので、兄の蟄伏期《ちっぷくき》も長いことなく終わるだろう。しかし今年の冬はたんと健康を痛めないで結構だった。兄のような健康には、春の来るのがどのくらい祝福であるかをお察しする。
 僕の生活の長い蟄眠期《ちつみんき》もようやく終わりを告げようとしているかに見える。十年も昔僕らがまだ札幌にいたころ、打ち明け話に兄にいっておいたことを、このごろになってやっと実行しようというのだ。自分ながら持って生まれた怯懦《きょうだ》と牛のような鈍重さとにあきれずにはいられない。けれども考えてみると、僕がここまで辿《たど》り着くのには、やはりこれだけの長い年月を費やす必要があったのだ。今から考えると、ようこそ中途半端で柄にもない飛び上がり方をしないで済んだと思う。あのころには僕にはどこかに無理があった。あのころといわずつい昨今まで僕には自分で自分を鞭《
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