て経済関係が這入れば這入るほど鎖のやうなつながりに親子の間はなるのであるとかう信ぜられるのであります。私の家庭では毫も父によつて圧迫を感じさせられたことはなかつたのでしたが、私自身にとつて親子の間に私有財産が存在するといふことが常に一つの圧迫として私にはたらいてゐました。明治四十年頃に私はこの農場を投げだすことを言ひましたがそれは実行が困難でありそれに父に対して、たとひこのことが父のためにも恩恵を与へることになるとは知つてゐましたが、徒らに悲しませることになると思つたのでともかく父の生きてゐる間は黙つてゐることにしたのでした。
併し父も逝くなりそれに最近に至つてしなくてはならなくなつたから――つまり他人がどう思つてもいゝしたくてせずに居られなくなつたので愈かの農場を抛棄することになつたのであります。私が自分自身の為仕事を見出したといふこともこの抛棄の決心を固めさせてくれました。文学といふところに落着くことが出来た、それでその自分の為仕事を妨げようとするものはすべてかいやりたくなつて了つたので。それからもう一つは農民の状態をみるとどうしてもこのまゝにしておけない、このことも強く自分に迫つて参つたのでした。
狩太農場を開放するに到りました動機、それをたづねてみましたら先づ以上のやうなものであります。
私は昨年北海道に行きまして小作人の人々の前で私の考へをお話しました。そして私の趣旨も大体は訳《わか》つてくれました。そのとき私がいつたことは『泉』の第一号に小作人への告別として載せておきました。私はどう考へても生産の機関は私有にすべきものでない、それは公有若くは共有であるべき筈のものだ。私有財産としてこの農場からの収益は決して私が収める筈のものでない。小作料は貴君方自身の懐にいれてどうか仲よくやつていつて貰ひたいとお話したのでした。
これでもう私は引退ればいゝのでしたが、その後をいゝ結果のでるやうに組織運営されそこを共同的精神が支配出来るやうにといふ願ひから私はこの農場の組織と施設とを北海道大学農業経済の教室で作製して貰つたのであります。その案は最近に森本厚吉君から私の手に届きました。
それを見て第一に感じたことは今の日本の法律は共有財産を保護するといふ点に於て殆ど役に立たぬものでないかといふことでした。あの農場を小作人の共有にするといふことが許されないなら残つた方法は二つで財団法人にするか組合組織にするかであります。前者にするといはゞ専制政治のやうになつてそこに協調的施設が加はつても小作人自身は自分を共有的精神に訓練させることが困難となる。また組合組織にしても幾多の矛盾は避けがたく一例せば利益金の分配が極めて面倒なのであつてその創設のとき現金を多くもつた人が組合から一番多く利益をうけることになるのであります。
今度出来てきた施行案は土地は皆のものであるとして小作株といふのを持たしてあるので、そのため公有になつても実際の状態は私有制度だといはれるのであります。忠告してくれる人はその小作株は一応買取つて了つてそれの転売をも防ぎ利益配当の不平等もなくするやうに――そして名実ともに公有にせよといつてくれるのであります。土地の利益と持株の利益とを別にして了ふことも必要と思つてゐますが、兎も角充分に案に付き練りました上で、農園の総会に提出したいと考へてゐるのです。農民自身が自身をトレインするものでもつと自由な共産的規約に致しておきたく思つてゐます。今迄に例がないのでクリエイトするより仕方ありません。この農場は共産農園と名付けることを望んだのでしたが共生農園といふ名になりました。
私はこの共生農園の将来を決して楽観してゐない。それが四分八裂して遂に再び資本家の掌中に入ることは残念だが観念してゐる。武者小路氏の新しい村はともかく理解した人々の集まりだが私の農園は予備知識のない人々の集まりで而かも狼の如き資本家の中に存在するのであります。併し現在の状態では共産的精神は周囲がさうでない場合にその実行が結局不可能で自滅せねばならない、かく完全なプランの下でも駄目なものだ――この一つのプルーフを得る丈けで私は満足するものでこの将来がどうであるかといふことはエッセンシャルなことゝは思つてゐないものであります。(終)
底本:「日本の名随筆 別巻96 大正」作品社
1999(平成11)年2月25日第1刷発行
底本の親本:「有島武郎全集 第九巻」筑摩書房
1981(昭和56)年4月
入力:加藤恭子
校正:篠原陽子
2005年2月20日作成
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