いるらしい子供の脚を見たように思った。
彼がしかしすぐに顔を前に戻して、眼ざしている家の方を見やりながら歩みを早めたのはむろんのことだった。そしてそこから四、五間も来たかと思うころ、がたんとかけがねのはずれるような音を聞いたので、急ぎながらももう一度後を振り返って見た。しかしそこに彼は不意な出来事を見いだして思わず足をとめてしまった。
その前後二、三分の間にまくし上がった騒ぎの一伍一什《いちぶしじゅう》を彼は一つも見落とさずに観察していたわけではなかったけれども、立ち停《どま》った瞬間からすぐにすべてが理解できた。配達車のそばを通り過ぎた時、梶棒の間に、前扉に倚《よ》りかかって、彼の眼に脚だけを見せていた子供は、ふだんから悪戯《いたずら》が激しいとか、愛嬌《あいきょう》がないとか、引っ込み思案であるとかで、ほかの子供たちから隔てをおかれていた子に違いない。その時もその子供だけは遊びの仲間からはずれて、配達車に身をもたせながら、つくねんと皆んなが道の向こう側でおもしろそうに遊んでいるのを眺めていたのだろう。一人坊《ひとりぼ》っちになるとそろそろ腹のすいたのを感じだしでもしたか、その子供は何の気なしに車から尻を浮かして立ち上がろうとしたのだ。その拍子に牛乳箱の前扉のかけがねが折り悪しくもはずれたので、子供は背中から扉の重みで押さえつけられそうになった。驚いて振り返って、開きかかったその扉を押し戻そうと、小さな手を突っ張って力んでみたのだ。彼が足を停めた時はちょうどその瞬間だった。ようよう六つぐらいの子供で、着物も垢じみて折り目のなくなった紺《こん》の単衣《ひとえ》で、それを薄寒そうに裾《すそ》短に着ていた。薄ぎたなくよごれた顔に充血させて、口を食いしばって、倚《よ》りかかるように前扉に凭《も》たれている様子が彼には笑止に見えた。彼は始めのうちは軽い好奇心にそそられてそれを眺めていた。
扉の後には牛乳の瓶《びん》がしこたましまってあって、抜きさしのできる三段の棚の上に乗せられたその瓶が、傾斜になった箱を一気にすべり落ちようとするので、扉はことのほかの重みに押されているらしい。それを押し返そうとする子供は本当に一生懸命だった。人に救いを求めることすらし得ないほど恐ろしいことがまくし上がったのを、誰も見ないうちに気がつかないうちに始末しなければならないと、気も心も顛倒《
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