こか深い所に流されたのだということを私たちはいい合わさないでも知ることが出来たのです。いい合わさないでも私たちは陸の方を眼がけて泳げるだけ泳がなければならないということがわかったのです。
 三人は黙ったままで体を横にして泳ぎはじめました。けれども私たちにどれほどの力があったかを考えて見て下さい。Mは十四でした。私は十三でした。妹は十一でした。Mは毎年《まいねん》学校の水泳部に行っていたので、とにかくあたり前に泳ぐことを知っていましたが、私は横のし泳ぎを少しと、水の上に仰向《あおむ》けに浮くことを覚えたばかりですし、妹はようやく板を離れて二、三|間《げん》泳ぐことが出来るだけなのです。
 御覧《ごらん》なさい私たちは見る見る沖の方へ沖の方へと流されているのです。私は頭を半分水の中につけて横のしでおよぎながら時々頭を上げて見ると、その度ごとに妹は沖の方へと私から離れてゆき、友達のMはまた岸の方へと私から離れて行って、暫《しば》らくの後《のち》には三人はようやく声がとどく位《ぐらい》お互《たがい》に離ればなれになってしまいました。そして波が来るたんびに私は妹を見失ったりMを見失ったりしました。私の顔が見えると妹は後《うしろ》の方からあらん限りの声をしぼって
「兄さん来てよ……もう沈む……苦しい」
 と呼びかけるのです。実際妹は鼻の所位《ところぐらい》まで水に沈みながら声を出そうとするのですから、その度ごとに水を呑《の》むと見えて真蒼《まっさお》な苦しそうな顔をして私を睨《にら》みつけるように見えます。私も前に泳ぎながら心は後《うしろ》にばかり引かれました。幾度《いくど》も妹のいる方へ泳いで行《い》こうかと思いました。けれども私は悪い人間だったと見えて、こうなると自分の命が助かりたかったのです。妹の所へ行《ゆ》けば、二人とも一緒に沖に流されて命がないのは知れ切っていました。私はそれが恐ろしかったのです。何しろ早く岸について漁夫《りょうし》にでも助けに行ってもらう外《ほか》はないと思いました。今から思うとそれはずるい考えだったようです。
 でもとにかくそう思うと私はもう後《うしろ》も向かずに無我夢中で岸の方を向いて泳ぎ出しました。力が無くなりそうになると仰向《あおむけ》に水の上に臥《ね》て暫《しば》らく気息《いき》をつきました。それでも岸は少しずつ近づいて来るようでした。一生
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