日が縁《えん》の向うの砂に照りつけていました。
 若者の所へはお婆様が自分で御礼《おれい》に行《ゆ》かれました。そして何か御礼の心でお婆様が持って行《い》かれたものをその人は何んといっても受取らなかったそうです。
 それから五、六年の間はその若者のいる所は知《し》れていましたが、今は何処《どこ》にどうしているのかわかりません。私たちのいいお婆様はもうこの世にはおいでになりません。私の友達のMは妙なことから人に殺されて死んでしまいました。妹と私ばかりが今でも生き残っています。その時の話を妹にするたんびに、あの時ばかりは兄さんを心から恨《うら》めしく思ったと妹はいつでもいいます。波が高まると妹の姿が見えなくなったその時の事を思うと、今でも私の胸は動悸《どうき》がして、空《そら》恐ろしい気持ちになります。



底本:「一房の葡萄 他四篇」岩波文庫、岩波書店
   1988(昭和63)年12月16日改版第1刷
親本:「一房の葡萄」叢文閣
   1922(大正11)年6月
初出:「婦人公論」
   1921(大正10)年7月
入力:鈴木厚司
校正:地田尚
1999年9月27日公開
2005年11月18日修正
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