こかしこには暗い影になって一人二人の農夫がまだ働き続けていた。彼は小作小屋の前を通るごとに、気をつけて中をのぞいて見た。何処《どこ》の小屋にも灯はともされずに、鍋の下の囲炉裡火《いろりび》だけが、言葉どおりかすかに赤く燃えていた。そのまわりには必ず二、三人の子供が騒ぎもしないできょとんと火を見つめながら車座にうずくまっていた。そういう小屋が、草を積み重ねたように離れ離れにわびしく立っていた。
農場の事務所に達するには、およそ一丁ほどの嶮《けわ》しい赤土の坂を登らなければならない。ちょうど七十二になる彼の父はそこにかかるとさすがに息切れがしたとみえて、六合目ほどで足をとどめて後をふり返った。傍見《わきみ》もせずに足にまかせてそのあとに※[#「足へん+徙」、173−12]《つ》いて行った彼は、あやうく父の胸に自分の顔をぶつけそうになった。父は苦々しげに彼を尻目にかけた。負けじ魂の老人だけに、自分の体力の衰えに神経をいら立たせていた瞬間だったのに相違ない。しかも自分とはあまりにかけ離れたことばかり考えているらしい息子の、軽率な不作法が癪《しゃく》にさわったのだ。
「おい早田」
老人は今は
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