宣言一つ
有島武郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)猜疑《さいぎ》の

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)口|下手《べた》
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 思想と実生活とが融合した、そこから生ずる現象――その現象はいつでも人間生活の統一を最も純粋な形に持ち来たすものであるが――として最近に日本において、最も注意せらるべきものは、社会問題の、問題としてまた解決としての運動が、いわゆる学者もしくは思想家の手を離れて、労働者そのものの手に移ろうとしつつあることだ。ここで私のいう労働者とは、社会問題の最も重要な位置を占むべき労働問題の対象たる第四階級と称せられる人々をいうのだ。第四階級のうち特に都会に生活している人々をいうのだ。
 もし私の考えるところが間違っていなかったら、私が前述した意味の労働者は、従来学者もしくは思想家に自分たちを支配すべきある特権を許していた。学者もしくは思想家の学説なり思想なりが労働者の運命を向上的方向に導いていってくれるものであるとの、いわば迷信を持っていた。そしてそれは一見そう見えたに違いない。なぜならば、実行に先立って議論が戦わされねばならぬ時期にあっては、労働者は極端に口|下手《べた》であったからである。彼らは知らず識らず代弁者にたよることを余儀なくされた。単に余儀なくされたばかりでなく、それにたよることを最上無二の方法であるとさえ信じていた。学者も思想家も、労働者の先達であり、指導者であるとの誇らしげな無内容な態度から、多少の覚醒はしだしてきて、代弁者にすぎないとの自覚にまでは達しても、なお労働問題の根柢的解決は自分らの手で成就さるべきものだとの覚悟を持っていないではない。労働者はこの覚悟に或る魔術的暗示を受けていた。しかしながらこの迷信からの解放は今成就されんとしつつあるように見える。
 労働者は人間の生活の改造が、生活に根ざしを持った実行の外でしかないことを知りはじめた。その生活といい、実行といい、それは学者や思想家には全く欠けたものであって、問題解決の当体たる自分たちのみが持っているのだと気づきはじめた。自分たちの現在目前の生活そのままが唯一の思想であるといえばいえるし、また唯一の力であるといえばいえると気づきはじめた。かくして思慮深い労働者は、自分たちの運命を、自分たちの生活とは異なった生活をしながら、し
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