をしてはならぬ。急がず、躊《ため》らわず、お前の個性の生長と完成とを心がけるがいい。然しここにくれぐれもお前に注意しておかねばならぬのは、今までお前が外面的の、約束された、習俗的な考え方で、個性の働きを解釈したり、助成したりしてはならぬという事だ。例えば個性の要求の結果が一見肉に属する慾の遂行のように思われる時があっても、それをお前が今まで考えていたように、簡単に肉慾の遂行とのみ見てはならぬ。同様に、その要求が一見霊に属するもののように思われても、それを全然肉から離して考えるということは、個性の本然性に背《そむ》いた考え方だ。私達の肉と霊とは哲学者や宗教家が概念的に考えているように、ものの二極端を現わしているものでないのは勿論《もちろん》、それは差別の出来ない一体となってのみ個性の中には生きているのだ。水を考えようとする場合に、それを水素と酸素とに分解して、どれ程綿密に二つの元素を研究したところが、何の役にも立たないだろう。水は水そのものを考えることによってのみ理解される。だから私がお前に望むところは、私の要求を、お前が外界の標準によって、支離滅裂にすることなく、その全体をそのまま摂受
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