れども私はそれを考えたいとは思わない。知る事と考える事との間には埋め得ない大きな溝《みぞ》がある。人はよくこの溝を無視して、考えることによって知ることに達しようとはしないだろうか。私はその幻覚にはもう迷うまいと思う。知ることは出来ない。が、知ろうとは欲する。人は生れると直ちにこの「不可能」と「欲求」との間にさいなまれる。不可能であるという理由で私は欲求を抛《なげう》つことが出来ない。それは私として何という我儘《わがまま》であろう。そして自分ながら何という可憐《かれん》さであろう。
太初の事は私の欲求をもってそれに私を結び付けることによって満足しよう。私にはとても目あてがないが、知る日の来《きた》らんことを欲求して満足しよう。
私がこの奇異な世界に生れ出たことについては、そしてこの世界の中にあって今日まで生命を続けて来たことについては、私は明《あきら》かに知っている。この認識を誇るべきにせよ、恥ずべきにせよ、私はごまかしておくことが出来ない。私は私の生命を考えてばかりはいない。確かに知っている。哲学者が知っているように知っているのではないかも知れない。又深い生活の冒険者が知っているよ
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