ている。その形に於ては或る改造が成就されたように見える。立法の主体は稍※[#二の字点、1−2−22]《やや》移動したかも知れない。しかも治者と被治者とが全く相反した要求によって律せられている点に於ては寸毫《すんごう》も是正されてはいないのだ。神と人とは合一する。その言葉は如何《いか》に美しいだろう。然しその合一の実が挙がっていなかったら、その美しい空論が畢竟何の益になるか。
 私はかくの如き妥協的な改良説を一番恐れなければならない。それはその外貌《がいぼう》の美しさが私をあざむきやすいからである。
 宗教が国家の機械、即ち美しい言葉でいえば政務の要具たることから自分を救い出さねばならぬことは勿論であるが、現存の国家がその拠《よ》りどころとする智的生活、その智的生活から当然抽出される二元的見断から自分自身を救い出して、愛の世界にまで高まらなかったら、それは永久にその権威を回復することが出来ないだろう。
 私は神を知らない。神を知らないものが神と人との関係などに対して意見を申し出るのは出過ぎたことだといわれるかも知れない。然し宗教が社会生活の一様式として考え得られる時、その様式に対して私が
前へ 次へ
全173ページ中157ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング