らぬ。個人的欲求と社会的欲求とが軒輊《けんち》するという考えは根柢的《こんていてき》に間違っている。若《も》しそこに越えることの出来ない溝渠《こうきょ》があるというならば、私は寧《むし》ろ社会生活を破壊して、かの孤棲《こせい》生活を営む獅子《しし》や禿鷹《はげたか》の習性に依ろう。
 然《しか》しかかる必要のないことを私の愛は知っている。社会生活に対する概念の中に誤った所があるか、個人生活の概念の中に誤った所があるかによって、この不合理な結論が引き出されると私は知っている。
 先《ま》ず個人の生活はその最も正しい内容によって導かれなければならぬ。正しき内容とは何をいうのか。智的生活が習性的生活を是正する時には、私は智的生活に従って習性的生活を導かねばならぬ。本能的生活が智的生活を是正する時には、私は本能的生活に従って智的生活を導かねばならぬ。即ち常に習性的生活の上に智的生活を、智的生活の上に本能的生活を置くことを第一の仕事と心懸けねばならぬ。正しき内容とはそれだけのことだ。
 習性的生活と智的生活との関係についてはいうまでもあるまい。習性的生活が智的生活の指導によって適合を得なければな
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