ねばならぬことのように力説し、人間の本能をその従属者たらしめることに心血を瀉《そそ》いで得たりとしている道学者は災いである。即ち智的生活に人間活動の外囲を限って、それを以て無上最勝の一路となす道学者は災いである。その人はいつか、本能的体験の不足から人間生活の足手まといとなっていた事を発見する悲しみに遇《あ》わねばならぬだろうから。
二〇
愛せざるところに愛する真似《まね》をしてはならぬ。憎まざるところに憎む真似をしてはならぬ。若し人間が守るべき至上命令があるとすればこの外にはないだろう。愛は烈《はげ》しい働きの力であるが故に、これを逆用するものはその場に傷《きずつ》けられなければならぬ。その人は癒《いや》すべからざる諦《あきら》めか不平かを以てその傷を繃帯《ほうたい》する外道はあるまい。
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愛は自足してなお余りがある。愛は嘗《かつ》て物ほしげなる容貌《ようぼう》をしたことがない。物ほしげなる顔を慎めよ。
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基督《キリスト》は「汝等互にさばくなかれ」といった。その言葉は普通受け取られている以上の意味を持っている。何故なら愛の生
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