。私の動乱はそこから芽生《めば》えはじめた。
或る人は私を偽善者ではないかと疑った。どうしてそこに疑いの余地などがあろう。私は明かに偽善者だ。明かに私は偽善者である。そう言明するのが、どれ程偽善的な行為であるぞとの非難が、当然|喚《よ》び起されるのを知らない私ではない。それにもかかわらず私は明かに偽善者であると言明せねばならぬ。私は屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》私自身に顧慮する以上に外界に顧慮しているからだ。それは悲しい事には私が弱いからだ。私は弱い者の有らゆる窮策によく通じている。僅《わず》かな原因ですぐ陥った一つの小さな虚偽の為《た》めに、二つ三つ四つ五つと虚偽を重ねて行かねばならぬ、その苦痛をも知っている。弱いが故に強《し》いて自分を強く見せようとして、いつでも胸の中を戦慄《せんりつ》させていねばならぬ不安も知っている。苦肉の策から、自分の弱味を殊更《ことさら》に捨て鉢に人の前にあらわに取り出して、不意に乗じて一種の尊敬を、そうでなければ一種の憐憫《れんびん》を、搾《しぼ》り取ろうとする自涜《じとく》も知っている。弱さは真に醜さだ。それを私はよく知っている。
然
前へ
次へ
全173ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング