ヤトリスと相互的に通い合わなかった(愛は相互的にのみ成り立つとのみ考える人はここに注意してほしい)。ダンテだけが、秘めた心の中に彼女を愛した。しかも彼は空《むな》しかったか。ダンテはいかにビヤトリスから奪ったことぞ。彼は一生の間ビヤトリスを浪費してなお余る程この愛人から奪っていたではないか。彼の生活は寂しかった。※[#「骨+亢」、第4水準2−93−7]※[#「骨+葬」、第4水準2−93−15]《こうそう》であった。然しながら強く愛したことのない人々の淋しさと比べて見たならばそれは何という相違だろう。ダンテはその愛の獲得の飽満さを自分一人では抱えきれずに、「新生」として「神曲」として心外に吐き出した。私達はダンテのこの飽満からの余剰にいかに多くの価値を置くことぞ。ホイットマンも嘗《かつ》てその可憐《かれん》な即興詩の中に「自分は嘗て愛した。その愛は酬いられなかった。私の愛は無益に終ったろうか。否。私はそれによって詩を生んだ」と歌っている。
見よ、愛がいかに奪うかを。愛は個性の飽満と自由とを成就することにのみ全力を尽しているのだ。愛は嘗て義務を知らない。犠牲を知らない。献身を知らない。奪
前へ
次へ
全173ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング