elf, and I live a bird)“I live a bird”……英語にはこの適切な愛の発想法がある。若しこの表現をうなずく人があったら、その人は確かに私の意味しようとするところをうなずいてくれるだろう。私は小鳥を生きるのだ。だから私は美しい籠と、新鮮な食餌と、やむ時なき愛撫とを外物に恵み与えた覚えはない。私は明かにそれらのものを私自身に与えているのだ。私は小鳥とその所有物の凡《すべ》てを残すところなく外界から私の個性へ奪い取っているのだ。見よ愛は放射するエネルギーでもなければ与える本能でもない。愛は掠奪《りゃくだつ》する烈《はげ》しい力だ。与えると見るのは、愛者被愛者に直接の交渉のない第三者が、愛するものの愛の表現を極めて外面的に観察した時の結論に過ぎないのを知るだろう。
 かくて愛の本能に従って、私は他を私の中に同化し、他に愛せらるることによって、私は他の中に投入し、私と他とは巻絹《まきぎぬ》の経緯の如く、そこにおのずから美しい生活の紋様を織りなして行くのだ。私の個性がよりよく、より深くなり行くに従って、よりよき外界はより深く私の個性の中に取り込まれる。生活全体の実績
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