うとした。ある者は艪《ろ》を拾いあてた。あるものは船板を、あるものは水柄杓《みずびしゃく》を、あるものは長いたわし[#「たわし」に傍点]の柄を、何ものにも換えがたい武器のようにしっかり[#「しっかり」に傍点]握っていた。そして舷から身を乗り出して、子供がするように、水を漕《こ》いだり、浸水《あか》をかき出したりした。
 吹き落ちる気配《けはい》も見えないあらしは、果てもなく海上を吹きまくる。目に見える限りはただ波頭ばかりだ。犬のような敏捷《すばや》さで方角を嗅《か》ぎ慣れている漁夫たちも、今は東西の定めようがない。東西南北は一つの鉢《はち》の中ですりまぜたように渾沌《こんとん》としてしまった。
 薄い暗黒。天からともなく地からともなくわき起こる大叫喚。ほかにはなんにもない。
 「死にはしないぞ」――そんなはめ[#「はめ」に傍点]になってからも、君の心の底は妙に落ち着いて、薄気味悪くこの一事を思いつづけた。
 君のそばには一人の若い漁夫がいたが、その右の顳※[#「※」は「需+頁」、第3水準1−94−6、57−17]《こめかみ》のへんから生々しい色の血が幾条にもなって流れていた。それだけが
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