ない。芸術の神聖を信じ、芸術が実生活の上に玉座を占むべきものであるのを疑わない君も、その事がらが君自身に関係して来ると、思わず知らず足もとがぐらついて来るのだ。
 「おれが芸術家でありうる自信さえできれば、おれは一刻の躊躇《ちゅうちょ》もなく実生活を踏みにじっても、親しいものを犠牲にしても、歩み出す方向に歩み出すのだが‥‥家の者どもの実生活の真剣さを見ると、おれは自分の天才をそうやすやすと信ずる事ができなくなってしまうんだ。おれのようなものをかいていながら彼らに芸術家顔をする事が恐ろしいばかりでなく、僭越《せんえつ》な事に考えられる。おれはこんな自分が恨めしい、そして恐ろしい。みんなはあれほど心から満足して今日今日を暮らしているのに、おれだけはまるで陰謀でもたくらんでいるように始終暗い心をしていなければならないのだ。どうすればこの苦しさこのさびしさから救われるのだろう」
 平常のこの考えがKと向かい合っても頭から離れないので、君は思わず「親父《おやじ》にも兄貴にもすまない」と言ってしまったのだ。
 「どうして?」と言ったKも、君もそのまま黙ってしまった。Kには、物を言われないでも、君の
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