品をめちゃくちゃにふろしきに包みこんで帰って行ってしまった。
 君を木戸の所まで送り出してから、私はひとりで手広いりんご畑の中を歩きまわった。りんごの枝は熟した果実でたわわになっていた。ある木などは葉がすっかり[#「すっかり」に傍点]散り尽くして、赤々とした果実だけが真裸で累々と日にさらされていた。それは快く空の晴れ渡った小春びよりの一日だった。私の庭下駄《にわげた》に踏まれた落ち葉はかわいた音をたてて微塵《みじん》に押しひしゃがれた。豊満のさびしさというようなものが空気の中にしんみり[#「しんみり」に傍点]と漂っていた。ちょうどそのころは、私も生活のある一つの岐路に立って疑い迷っていた時だった。私は冬を目の前に控えた自然の前に幾度も知らず知らず棒立ちになって、君の事と自分の事とをまぜこぜ[#「まぜこぜ」に傍点]に考えた。
 とにかく君は妙に力強い印象を私に残して、私から姿を消してしまったのだ。
 その後君からは一度か二度問い合わせか何かの手紙が来たきりでぱったり[#「ぱったり」に傍点]消息が途絶えてしまった。岩内から来たという人などに邂《あ》うと、私はよくその港にこういう名前の青年はいないか、その人を知らないかなぞと尋ねてみたが、さらに手がかりは得られなかった。硫黄《いおう》採掘場《さいくつば》の風景画もとうとう私の手もとには届いて来なかった。
 こうして二年三年と月日がたった。そしてどうかした拍子に君の事を思い出すと、私は人生の旅路のさびしさを味わった。一度とにかく顔を合わせて、ある程度まで心を触れ合ったどうしが、いったん別れたが最後、同じこの地球の上に呼吸しながら、未来|永劫《えいごう》またと邂逅《めぐりあ》わない……それはなんという不思議な、さびしい、恐ろしい事だ。人とは言うまい、犬とでも、花とでも、塵《ちり》とでもだ。孤独に親しみやすいくせにどこか殉情的で人なつっこい私の心は、どうかした拍子に、このやむを得ない人間の運命をしみじみと感じて深い悒鬱《ゆううつ》に襲われる。君も多くの人の中で私にそんな心持ちを起こさせる一人だった。
 しかも浅はかな私ら人間は猿《さる》と同様に物忘れする。四年五年という歳月は君の記憶を私の心からきれいにぬぐい取ってしまおうとしていたのだ。君はだんだん私の意識の閾《しきい》を踏み越えて、潜在意識の奥底に隠れてしまおうとしていたのだ
前へ 次へ
全57ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング