が口に任せてどんな生意気を言ったかは幸いな事に今はおおかた忘れてしまっている。しかしとにかく悪口としては技巧が非常にあぶなっかしい事、自然の見方が不親切な事、モティヴが耽情的《たんじょうてき》過ぎる事などをならべたに違いない。君は黙ったまままじまじ[#「まじまじ」に傍点]と目を光らせながら、私の言う事を聞いていた。私が言いたい事だけをあけすけ[#「あけすけ」に傍点]に言ってしまうと、君はしばらく黙りつづけていたが、やがて口のすみだけに始めて笑いらしいものを漏らした。それがまた普通の微笑とも皮肉な痙攣《けいれん》とも思いなされた。
 それから二人はまた二十分ほど黙ったままで向かい合ってすわりつづけた。
 「じゃまた持って来ますから見てください。今度はもっといいものをかいて来ます」
 その沈黙のあとで、君が腰を浮かせながら言ったこれだけの言葉はまた僕を驚かせた。まるで別な、初《うぶ》な、素直な子供でもいったような無邪気な明るい声だったから。
 不思議なものは人の心の働きだ。この声一つだった。この声一つが君と私とを堅く結びつけてしまったのだった。私は結局君をいろいろに邪推した事を悔いながらやさしく尋ねた。
 「君は学校はどこです」
 「東京です」
 「東京? それじゃもう始まっているんじゃないか」
 「ええ」
 「なぜ帰らないんです」
 「どうしても落第点しか取れない学科があるんでいやになったんです。‥‥それから少し都合もあって」
 「君は絵をやる気なんですか」
 「やれるでしょうか」
 そう言った時、君はまた前と同様な強情らしい、人に迫るような顔つきになった。
 私もそれに対してなんと答えようもなかった。専門家でもない私が、五六枚の絵を見ただけで、その少年の未来の運命全体をどうして大胆にも決定的に言い切る事ができよう。少年の思い入ったような態度を見るにつけ、私にはすべてが恐ろしかった。私は黙っていた。
 「僕はそのうち郷里に――郷里は岩内《いわない》です――帰ります。岩内のそばに硫黄《いおう》を掘り出している所があるんです。その景色を僕は夢にまで見ます。その絵を作り上げて送りますから見てください。……絵が好きなんだけれども、下手《へた》だからだめです」
 私の答えないのを見て、君は自分をたしなめるように堅いさびしい調子でこう言った。そして私の目の前に取り出した何枚かの作
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