活は、だから不運ばかりの仕業《しわざ》ではない。清逸への仕送りの不足がちなのも、一人娘を女中奉公に出さねばならなかったのも、人知れぬ針となってその良心を刺しているのだ。それを清逸が知っているのを父は知っていた。それをまた清逸は知っていた。清逸はそのことを責める気持はけっしてなかったけれども、父が軽薄な手段をめぐらしてその非を蔽《おお》い、あわよくば自分の要求すべき資格のないものを家族のものに要求しようとするのを見つけだすと快くなかった。
父が三里も道程《みちのり》のある島松まで出かけていって、中島の養子に遇った気持にはそうしたものがあったはずだ。清逸はそれには及ばないと幾度となくとめてみたけれども、かならず吉報《きっぽう》を持って帰るからといいながら一人で勇んで出かけていったのだ。そしてその結果は清逸の思ったとおりだった。
ラムプに黄色く灯がついてから、弟の純次は腰から下をぐっしょり濡らして、魚臭くなって孵化場から帰ってきた。彼は店の方に行って駄菓子を取ってきてそれを立ち喰いしながら、駄々子のように母に手伝わせて和服に着かえた。清逸に挨拶一つしなかった。清逸一人が都会に出て、手足に
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