にお帰りなさるそうですのね」
「そういっていました」
園もまともにおぬいさんを見やりながら。
「だいじょうぶでしょうか」
「僕も心配に思っています」
この時園とおぬいさんとは生れて始めてのように深々と顔を見合わせた。二人は明かに一人の不幸な友の身の上を案じ合っているのを同情し合った。園はおぬいさんの顔に、そのほかのものを読むことができなかったが、おぬいさんには園がどう映《うつ》ったろうか。と不埒にも園の心があらぬ方に動きかけた時は、おぬいさんの眼はふたたび手紙の方へ向けられていた。園はまた自分の指先についている赤い薬料に眼を落した。
おぬいさんがだんだん興奮してゆく。きわめて薄手な色白の皮膚が斑《まだ》らに紅くなった。斑らに紅くなるのはある女性においては、きわめて醜《みにく》くそして淫《みだ》らだ。しかしある女性においては、赤子のほかに見出されないような初々《ういうい》しさを染めだす。おぬいさんのそれはもとより後者だった。高低のある積雪の面に照り映えた夕照のように。
読み終ると、おぬいさんは折れていたところで手紙を前どおりに二つに折って、それを掌の間に挾んでしばらくの間膝の上に
前へ
次へ
全255ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング