に来べき日なのだ。
「まあ……どうぞ」
といっておぬいさんは障子の後に身を開いた。園に対しても十分の親しみを持っているのを、その言葉や動作は少しの誇張も飾りもなく示していた。……園は上り框《かまち》に腰をかけて、形の崩れた編上靴を脱ぎはじめた。
いつ来てみても園はこの家に女というものばかりを感じた。園の訪れる家庭という家庭にはもちろん女がいた。しかしそこには同時に男もいるのだ。けれどもおぬいさんは産婆を職業としているその母と二人だけで暮しているのだから。
客間をも居間をも兼ねた八畳は楕円形《だえんけい》の感じを見る人に与えた。女の用心深さをもってもうストーヴが据えつけてあった。そしてそれが鉛墨《えんぼく》でみごとに光っていた。柱のめくり暦は十月五日を示して、余白には、その日の用事が赤心《あかしん》の鉛筆で細かに記してあった。大きな字がお母さんで、小さな字がおぬいさんだということさえきちんと判っていた。部屋の中央にあるたも[#「たも」に傍点]のちゃぶ台には読みさしの英語の本が開いたまま伏せてあったが、その表紙には反物のたとう紙で綿密に上表紙がかけてあった。男である園は、その部屋の中
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