の後嗣《あとつ》ぎ相当に生れついているが、次男坊はやくざな暴れ者だで、よその空でのたれ死でもしくさるだろうと、近所の者をつかまえて眼を細くしている。おふくろは六年も留守にしていた俺がいとしくって手放しかねるようだが、何一つ口を出さない。そして土間の隅で洗いものなどをしながら、鼻水を盥《たらい》に垂らして、大急ぎですすり上げたりしていた。
「けれどもだ、何をいうにも東京なら近いからということで、俺はとうとう郷里を出た。 Student になると学資ぐらいは自分で働きだすのだといって聞かせたら感心していたようだった。
「東京は俺にとっては Virgin soil だ。俺は真先に神田の三崎町にあるトゥヰンビー館に行って円山さんに会った。ちょうど昼飯時だったが、先生、台所の棚の上に膳を載せて、壁の方に向いて立ったなりで飯を喰っていた。湯づけにでもしていたのだろう、それをかっこむ音が上り口からよくきこえた。東京にこんなことをやって生きている人間があろうとは俺は思わなかったよ。トゥヰンビー館といえば、札幌の演武場くらいを俺は想像していたんだが、行ってみたら、白官舎を半分にして黴《かび》を生やしたよ
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