も思うんか。……よし、泣いてると思うなら思え。涙は水の一種類で小便と同じもんだ」
こういいながら彼は、またふらふらとその店を出た。
彼は人通りの少ないアカシヤ通の広い道を、何んだか弱りしょびれた気持になって、北の空から吹きつける雪に刃向って歩いていった。彼は自分が忠義深い士のような心持だった。伏姫にかしずく八房のようでもあった。ああ俺はまったくあの畜生だな。まったく涙がほろりと流れてきた。何んだかばかばかしいと彼は思った。
新井田氏の玄関によろけこむと、渡瀬は拳固《げんこ》で涙と鼻水とをめちゃくちゃに押しぬぐいながら、
「奥さあん」
と大声を立てて、式台にどっか[#「どっか」に傍点]と尻餅をついた。
奥さんはすぐドアを開けて駈けだしてきた。
「あら大変。あなた、戸も締めないで雪が吹きこむじゃないの」
といいながら、そこにあった下駄を片方の足だけにはいて、斜に身を延ばして、玄関の戸を締めた。股《また》をはだけた奥さんの腰から下が渡瀬のすぐ眼の前にちらついた。
「無礼者……とは、かく申す拙者《せっしゃ》のことですよ……酔っている? 酔っているかと問われれば、酔っています。……ガンベの酔ったのを見たことがありますか……現在ははは……現在を除いてさ……」
奥さんのしなやかな手が、渡瀬の肩の雪を軽く払っていた。
「いた、……いた、……痛いですよ、奥さん」
「あなた今日は本当にどうかしているわね……さあお上りなさいな」
渡瀬は奥さんの手のさわったところをさすりながら、情けなくなって、そのあでやかな、そのくせ性《せい》というものばかりででき上っているような顔を見上げた。
「情けないねまったく……あなたの顔を見るとガンベは……まあいい、……それはそれとして、と……奥さん、僕は今日は、こんなへべれけの酔っぱらいになっちまったから、レコ……じゃないあなたにだ……あなたのいう『あなた』さ……はははは、その『あなた』に、へべれけの酔っぱらいになっちまったから、今日は休む……休むといってください。さようなら」
渡瀬はやおら腰を上げにかかったが、また酔のさめるのが不安になった。彼は腰をすえた。
「奥さん、ウ※[#小書き片仮名ヰ、304−上−4]スキーを一杯後生だから飲ませてください」
「あなた、そんなに飲んでいいの」
奥さんは本当に心配らしく、立ちながら、眉を寄せて渡瀬の顔
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