、白露《はくろ》のような姿とに接すると、それを微塵《みじん》に打ち壊そうとあせる自分の焦躁が恐ろしくさえあった。すべてが終ったあとにおぬいさんが受けるであろうその悩みと苦しみとを考えてみただけでも、心が寒くなった。不思議な女もあったものだと思うほかはなかった。不思議な自分の心だと思うほかはなかった。……それにつけても渡瀬はいらだった。
かまうものか、もっといじめてやれ。渡瀬は何んとなしに残虐なことをしてみたい心になっていた。そして自分で自分をけしかけるように、大ぎょうな表情を見せながら、
「それで泣くというのは変じゃありませんか」
とむりに追窮した。
「経験のないところに感動するってわけはないでしょう」
彼は自分ながら皮肉な気持の増長するのを感じた。
おぬいさんはほっ[#「ほっ」に傍点]と小さく気息《いき》をついた。そしてしばらくしてから、やや俯向いたまま震えた声で、しかしはっきりといいだした。
「これはただそう思うだけでございますけれども、恋というものは恐ろしい悲しいもののようにおもいます。私にもそんな時が来るとしたら、私は死にはしないかと今から悲しゅうございます。だもんですからああいうお話を読みますと、つい自分のことのように感じてしまうのでございましょうか」
この女は俺の説でも承《うけたまわ》ろうとするがいいんだ。そんな抽象論で引きさがるかい。
「あなたは実際、たとえば星野か園かに恋を感じたことはないのかなあ」
このくらいいっても応えないか。
と、今まで素直に素直にとしていたらしいおぬいさんの顔色がさっ[#「さっ」に傍点]と変って、死んだもののように青ざめた。俯向けた前髪が激しく震えだした。今度こそは真から腹を立てて、貞女らしい口をきくだろう、そう渡瀬が思っていると、おぬいさんは忙《いそ》がしく袂を探ろうとしたが、それも間に合わなかったか、いきなり両手を眼のところにもっていって、じっと押えた。石になったかと思われるほど彼女は身動きもしなかった。
渡瀬は不意を喰ってきょとん[#「きょとん」に傍点]とした。……はじめて彼は今まで自分が何をしていたかを知った。彼は自分がこれほど酷《むご》たらしい男だとは思わなかった。どうして残虐《ざんぎゃく》な気持があとからあとから湧きだして、彼に露骨《ろこつ》な言葉を吐かしたかが怪しまれだした。俺は悪党だ。俺は悪人だ
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