それをつむりに潜《くぐ》らせようとしたが、華《はな》やかなその色が、夕暗の中で痛いように眼に映った。おぬいは一度のばしたその襷を、ぐちゃぐちゃに丸めて、それを柱にあてがって顔を伏せると、誰のためにとも、誰にともなく祈りたい気持でいっぱいになった。
 おぬいはそうしたまま、灯もともさない台所の隅で、しばらくの間|慄《ふる》えるような胸をじっと抑えて、何んとなくそこにつき上げてくるえたいの知れない不安を逐い退けようとして佇《たたず》んでいた。
     *    *    *
 創成川を渡る時、一つ下《しも》の橋を自分と反対の方向に渡ってゆく婦人は、降りはじめた雪のためにいくらかぼんやりしていたけれども、三隅のおばさんに違いないと渡瀬は見て取った。今日こそはおぬいさん一人だぞという意識がすぐいたずららしい微笑となって彼の頬を擽《くすぐ》った。
 行ってみるとおぬいさん一人らしかった。脱ぎ取った帽子の雪をその人が丁寧《ていねい》に払ってくれた。いつものとおり茶の間はストーヴでいい加減に暖まっていた。そして女世帯らしい細やかさと香《にお》いとが、家じゅうに満ちていて、どこからどこまで乱雑で薄汚ない彼の家とは雲泥《うんでい》の相違《そうい》だった。渡瀬はその茶の間にしめやかな落着きを感ずるよりも、ある強い誘惑を感じた。けれども机に向っておぬいさんと対坐すると、どうしてもいつもの彼の調子が出にくかった。道々彼が思いめぐらしてきたような気持は否応なしに押しひしゃがれそうだった。いつ見てもおぬいさんはきちんとしすぎるほどつつましく身だしなみをしていた。そんな気持でしているのではないかもしれないが、そしてそうでない証拠にはすべての挙止《ものごし》がいかにもこだわりのない自然さを持っているのだが、後れ毛一つ下げていないほどそれを清く守っているのを見ると、どこといってつけ入る隙もないように見えた。けれども、それが渡瀬にとってはかえって冒険心をそそる種になった。何、おぬいさんだって女|一疋《いっぴき》にすぎないんだ。びくびくしているがものはない。崩せるだけ崩してみてやれという気がむらむらと起ってきて、彼はいきなり胡坐《あぐら》をかきながら。
「いつものとおり胡坐をかきますよ。敲《たた》き大工の息子ですから、几帳面に長く坐っていると立てなくなりますよ」
 といって思いきり彼らしい調子を上げて
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