ば病気が重《おも》る事は知れきっていた。それを知りながらU氏は御祈祷を頼みにして、老母と二人の子供との生活を続けるために、勇ましく飽《あ》くまで働いた。そして病気が重ってから、なけなしの金を出してして貰った古賀液の注射は、田舎の医師の不注意から静脈を外《はず》れて、激烈な熱を引起した。そしてU氏は無資産の老母と幼児とを後に残してその為めに斃《たお》れてしまった。その人たちは私たちの隣りに住んでいたのだ。何んという運命の皮肉だ。お前たちは母上の死を思い出すと共に、U氏を思い出すことを忘れてはならない。そしてこの恐ろしい溝《みぞ》を埋める工夫をしなければならない。お前たちの母上の死はお前たちの愛をそこまで拡げさすに十分だと思うから私はいうのだ。
十分人世は淋しい。私たちは唯そういって澄ましている事が出来るだろうか。お前達と私とは、血を味った獣のように、愛を味った。行こう、そして出来るだけ私たちの周囲を淋しさから救うために働こう。私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。それはお前たちから親としての報酬を受けるためにいうのではない。お前たちを愛する事を教えてくれたお前たちに私の要求するもの
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