知らなかった。私の小心と魯鈍と無能力とを徹底さして見ようとしてくれるものはなかった。それをお前たちの母上は成就《じょうじゅ》してくれた。私は自分の弱さに力を感じ始めた。私は仕事の出来ない所に仕事を見|出《いだ》した。大胆になれない所に大胆を見出した。鋭敏でない所に鋭敏を見出した。言葉を換えていえば、私は鋭敏に自分の魯鈍を見貫《ぬ》き、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。私はこの力を以《もっ》て己れを鞭《むちう》ち他を生きる事が出来るように思う。お前たちが私の過去を眺めてみるような事があったら、私も無駄には生きなかったのを知って喜んでくれるだろう。
 雨などが降りくらして悒鬱《ゆううつ》な気分が家の中に漲《みなぎ》る日などに、どうかするとお前たちの一人が黙って私の書斎に這入《はい》って来る。そして一言パパといったぎりで、私の膝《ひざ》によりかかったまましくしく[#「しくしく」に傍点]と泣き出してしまう。ああ何がお前たちの頑是ない眼に涙を要求するのだ。不幸なものたちよ。お前たちが謂《いわ》れもない悲しみにくずれるのを見るに増して、この世を淋しく思わせるものはない。またお
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