もありましたでせうな?
B ありました。資本主義政府の下で、縦令《たとへ》ば一個所や二個所で共産組織をしたところで、それは直ぐ又資本家に喰ひ入られて終ふか、又は私が寄附した土地をその人達が売つたりして、幾人かのプチブルジョアが多くなる位ゐの結果になりはしないか。結極、私がやることが無駄になりはしないか。といふやうな反対意見があつたのです。然し、私は私のやつたことが画餅に帰するほど、現代の資本主義組織が何《ど》の程度まで頑固なものであるか、何《ど》の程度まで悪い結果を生むものであるか、そればかりではなく、折角私が無償で土地を寄附しても、それですら尚農民達は幸福になれないのだといふことが、人々にはつきり分つていゝのぢやないかと思ふのです。私は、その試練になるだけでゝも満足です。一旦手放して、自分のものでなくなつた以上は、後の結果が何《ど》うならうとも、それに就ての未練は少しもないのですが、たゞ出来るだけは有意義に、有効に、その結果がよくなるやうには私も今の内に極力計る積りです。兎に角、今迄ちつとも訓練のない人達のことですから、私の真意が分つてくれて、それを妥当に動かして行くといふことは、なか/\困難なことでせうが、それだけ私も慎重に考えへて、結果をよくする為めに計つてはゐます。『新らしい村』などは、多少ともに頭も出来、武者小路君の意見に讃同した人達が、どれまでのことをやれるかやつて見るのだといふ信仰的なものとは違つて、農民達の方はまるで訓練もなく、知識もなく、まだ私の考へを充分呑み込んでさへもくれないので、なか/\困難なことかと思はれます。たゞ『新らしい村』の方は、寄附や其他のお金で生活してゐて、直接村からの生産で生活してゐるのではないから、その点は農場とは余程趣を異にしてゐますが。……
A 成程、してみると、農民達はどうして土地を開放するか、その真意がすつかりと了解出来ないのですか?
B それは分つてゐてくれます。然し、その実行問題になると、私が思つてゐることをなか/\了解してくれないのです。それは、現在農場にある組合の倉庫なんかでも、組合幹部の見込違ひから、十万円位の穴を明けたりしたことがあるものですから、農民達もびく/\してゐるのです。それに、狩太には私の農場の他に、曾我、深見、松岡、小林、近藤などといふ農場があつて、孰れも同じことですが、一種の小作権売買といふの
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