るのです。全戸皆がこんな掘立小屋で、何時まで経つても或ひは藁葺だとか瓦葺だとか、家らしい家にならないし、全く嫌になつて終《しま》つたんですな。
A と言ひますと、農民達はそんな家らしい家にして住ふやうな気持を持たないのでせうか。そんな掘立小屋なんかで満足してゐるのでせうか?
B さうぢやないんです。農民達はそんなことに満足してはゐないのですが、家らしい家を建てるまでの運びに行かないのです。一口に言へば、何時まで経つてもその日のことに追はれてゐて、そんな運びに至らないのです。小作料やら、納税やら、肥料代やら、さういつた生活費に追はれてゐて、何時まで経つても水呑百姓から脱することが出来ないのです。――それにあのとほり、一年の半分は雪で駄目だものですからな。冬も働かないわけではないのですが、――それよりも、鉄道線路の雪掻きや、鯡《にしん》漁の賃銀仕事に行けば、一日に二円も二円五十銭もの賃銭がとれるのですから、百姓仕事をするよりも余程お銭が多くとれるのですが、とればとれるで矢張り贅沢になつたり、無駄費ひが多くなつたり、それに寒いので酒を飲む、飲めば賭博をする。結極余るところが借金を残す位ゐのもので、何《ど》うにも仕様がないのです。それでは、家の中の手内職は何《ど》うかと言へば、九州などの農業と違つて、原料になる藁がないものですから、それにあのとほりの掘立小屋では、小屋の中にばかりゐる気にもなれますまい。つまり。これぢや迚《とて》も、農民達は一生浮ばれないと思つたんですね。小作料は畑で一反に一円五十銭、乃至一円七十銭位ゐですが、私の農場は主にこの畑ですが、これにしても北海道の商人はなか/\狡猾で、農民達の貧乏を見込んで、作物が畑に青いままである頃から見立て買ひをして、ちやんと金を貸しつけて置くのです。ですから、どんな豊作の時でも農民はその豊作の余慶を少しも受けないことになるのです。それでない場合でも、作物の相場の変動が、この頃は外国の影響を受ける場合が多いものですから、農民達には相場の見込みがつかず、その為めに苦しんだ上句が見込み外れがしたりして、つい悲惨な結果を生むやうになるのです。
A 商人達の狡猾なのは論外です。殊に、北海道あたりでは、未だ植民地的な気風が残つてゐるのでせうから質が悪いかも知れません。――それにしても、あの農場を開放されるまでには随分と、各方面からの反対
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