細く目をあいてぼくたちをじっと見るとまたねむった。
 いつのまにか寒い寒い夕方がきた。おとうさんがもう大丈夫《だいじょうぶ》だから家にはいろうといったけれども、ぼくははいるのがいやだった。夜どおしでもポチといっしょにいてやりたかった。おとうさんはしかたなく寒い寒いといいながら一人で行ってしまった。
 ぼくと妹だけがあとに残った。あんまりよく睡《ね》るので死んではいないかと思って、小さな声で「ポチや」というとポチはめんどうくさそうに目を開いた。そしてすこしだけしっぽをふって見せた。
 とうとう夜になってしまった。夕御飯でもあるし、かぜをひくと大変だからといっておかあさんが無理にぼくたちを連れに来たので、ぼくと妹とはポチの頭をよくなでてやって家に帰った。
 次の朝、目をさますと、ぼくは着物も着かえないでポチの所に行って見た。おとうさんがポチのわきにしゃがんでいた。そして、「ポチは死んだよ」といった。ポチは死んでしまった。
 ポチのお墓《はか》は今でも、あの乞食《こじき》の人の住んでいた、森の中の寺の庭にあるかしらん。



底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店
   1952(昭和27)
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