うと言いだすと、他のもそうだと言うのでそろそろ南に向かって旅立ちを始めました。
 ただやさしい形の葦となかのよくなった燕は帰ろうとはいたしません。朋輩《ほうばい》がさそってもいさめても、まだ帰らないのだとだだをこねてとうとうひとりぽっちになってしまいました。そうなるとたよりにするものは形のいい一本の葦ばかりであります。ある時その燕は二人《ふたり》っきりでお話をしようと葦の所に行って穂《ほ》の出た茎先にとまりますと、かわいそうに枯《か》れかけていた葦はぽっきり折れて穂先が垂《た》れてしまいました。燕はおどろいていたわりながら、
「葦さん、ぼくは大変な事をしたねえ、いたいだろう」
 と申しますと葦は悲しそうに、
「それはすこしはいたうございます」
 と答えます。燕は葦がかわいそうですからなぐさめて、
「だっていいや、ぼくは葦さんといっしょに冬までいるから」
 すると葦が風の助けで首をふりながら、
「それはいけません、あなたはまだ霜《しも》というやつを見ないんですか。それはおそろしいしらがの爺《じい》で、あなたのようなやさしいきれいな鳥は手もなく取って殺します。早く暖かい国に帰ってください、それでないと私はなお悲しい思いをしますから。私は今年《ことし》はこのままで黄色く枯れてしまいますけれども、来年あなたの来る時分にはまたわかくなってきれいになってあなたとお友だちになりましょう。あなたが今年死ぬと来年は私一人っきりでさびしゅうございますから」
 ともっともな事を親切に言ってくれたので、燕もとうとう納得《なっとく》して残りおしさはやまやまですけれども見かえり見かえり南を向いて心細いひとり旅をする事になりました。
 秋の空は高く晴れて西からふく風がひやひやと膚身《はだみ》にこたえます。今日《きょう》はある百姓《ひゃくしょう》の軒下《のきした》、明日《あす》は木陰《こかげ》にくち果てた水車の上というようにどこという事もなく宿を定めて南へ南へとかけりましたけれども、容易に暖かい所には出ず、気候は一日一日と寒くなって、大すきな葦の言った事がいまさらに身にしみました。葦と別れてから幾日《いくにち》めでしたろう。ある寒い夕方野こえ山こえようやく一つの古い町にたどり着いて、さてどこを一夜のやどりとしたものかと考えましたが思わしい所もありませんので、日はくれるししかたがないから夕日を受けて
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