士にやってくれ、さ、早く」
とおせきになります。燕はなおも心を定めかねて思いわずらっていますうちに、わかい武士とおとめとは立ち上がって悲しそうに下を向きながらとぼとぼとお城《しろ》の方に帰って行きます。もう日がとっぷりとくれて、巣《す》に帰る鳥が飛び連れてかあかあと夕焼けのした空のあなたに見えています。王子はそれをごらんになるとおしかりになるばかり、燕をせいて早くひとみをぬけとおっしゃいます。燕はひくにひかれぬ立場になって、
「それではしかたがございません、御免《ごめん》こうむります」
と申しますと、観念して王子の目からひとみをぬいてしまいました。おくれてはなるまいとその二つをくちばしにくわえるが早いか、力をこめて羽ばたきしながら二人のあとを追いかけました。王子はもとのとおり町を見下ろした形で立っていられますが、もうなんにも見えるのではありませんかった。
燕がものの四、五町も走って行って二人の前にオパールを落としますとまずおとめがそれに目をつけて取り上げました。わかい武士は一目見るとおどろいてそれを受け取ってしばらくは無言で見つめていましたが、
「これだ、これだ、この玉だ。ああ私はもう結婚ができる。結婚をして人一倍の忠義ができる。神様のおめぐみ、ありがたいかたじけない。この玉をみつけた上は明日《あす》にでも御婚礼《ごこんれい》をしましょう」
と喜びがこみ上げて二人とも身をふるわせて神にお礼を申します。
これを見た燕はどんなけっこうなものをもらったよりもうれしく思って、心も軽く羽根も軽く王子のもとに立ちもどってお肩の上にちょんとすわり、
「ごらんなさい王子様。あの二人の喜びはどうです。おどらないばかりじゃありませんか。ごらんなさい泣いているのだかわらっているのだかわかりません。ごらんなさいあのわかい武士が玉をおしいただいているでしょう」
と息もつかずに申しますと、王子は下を向いたままで、
「燕や私はもう目が見えないのだよ」
とおっしゃいました。
さて次の日に二人の御婚礼がありますので、町中の人はこの勇ましいわかい武士とやさしく美しいおとめとをことほごうと思って朝から往来をうずめて何もかもはなやかな事でありました。家々の窓からは花輪や国旗やリボンやが風にひるがえって愉快《ゆかい》な音楽の声で町中がどよめきわたります。燕はちょこなんと王子の肩にすわって、今
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