りこの武士がわかいけれども勇気があって強くってたびたびの戦いで功名《こうみょう》てがらをしたのをしたってどうかその奥《おく》さんになりたいと思っていたのですから、涙《なみだ》をはらはらと流しながら嘆息《たんそく》をして、なんのことばの出しようもありません。しまいには二人手を取りあって泣《な》いていました。
燕は世の中にはあわれな話もあるものだと思いながらふと王子をあおいで見ますと、王子の目からも涙がしきりと流れていました。燕はおどろいてちかぢかとすりよりながら「どうなさいました」と申しますと王子は、
「きのどくな二人だ。かのわかい武士の言う名玉というのは今は私のひとみになっている、二つのオパールの事であるが、王が私の立像を造られようとなされた時、私のひとみに使うほどりっぱな玉がどこにもなかったので、たいそう心をいためておいでなさると悪いへつらいずきな家来が、それはおやすい御用でございますと言ってあのわかい武士の父上をおとずれてよもやまの話のまぎれにそっとあの大事な玉をぬすんでしまったのだ。私はもう目が見えなくなってもいいからどうか私の目からひとみをぬき出してあの二人にやってくれ」
とおっしゃりながらなお涙をはらはらと流されました。およそ世の中でめくらほどきのどくなものはありません。毎日きれいに照らす日の目も、毎晩美しくかがやく月の光も、青いわか葉も紅《あか》い紅葉《もみじ》も、水の色も空のいろどりも、みんな見えなくなってしまうのです。試みに目をふさいで一日だけがまんができますか、できますまい。それを年が年じゅう死ぬまでしていなければならないのだから、ほんとうに思いやるのもあわれなほどでしょう。
王子はありったけの身のまわりをあわれな人におやりなすったのみか、今はまた何よりもたいせつな目までつぶそうとなさるのですもの。燕はほとほとなんとお返事をしていいのかわからないでうつぶいたままでこれもしくしく泣きだしました。
王子はやがて涙をはらって、
「ああこれは私が弱かった。泣くほど自分のものをおしんでそれを人にほどこしたとてなんの役にたつものぞ。心から喜んでほどこしをしてこそ神様のお心にもかなうのだ。昔《むかし》キリストというおかたは人間のためには十字架《じゅうじか》の上で身を殺してさえ喜んでいらっしたのではないか。もう私は泣かぬ。さあ早くこの玉を取ってあのわかい武
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