で、
 あなたの法楽の洪水に有頂天になつたその死者を唄はう。オヽ死よ。

 私からあなたに喜びの夜曲を、
 又舞踏を挨拶と共に申出る──部屋の飾りと饗宴も亦。
 若くは広やかな地の景色、若くは高く拡がる空、
 若くは生活、若くは圃園、若くは大きな物思はしい夜は凡てあなたにふさはしい。

 若くは星々に守られた静かな夜、
 若くは海の汀、私の聞き知つたあの皺がれ声でさゝやく波。
 若くは私の魂はあなたに振り向く、オヽ際限もなく大きな、面紗かたき死よ、
 そして肉体は感謝してあなたの膝の上に丸まつて巣喰ふ。

 梢の上から私は歌を空に漂はす、
 紆り動く浪を越えて──無数の圃園と荒涼たる大草原とを越えて、
 建てこんだ凡ての市街と、群衆に埋まる繋船場《ふなつきば》と道路とを越えて、
 私はこの歌を喜び勇んで空に漂はす、オヽ死よ」 (一九一八、九月十七日)



底本:「日本の名随筆96 運」作品社
   1990(平成2)年10月25日第1刷発行
   1996(平成8)年8月25日第6刷発行
底本の親本:「有島武郎全集 第七巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年4月発行
入力:石橋幸
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