あか》で真黒《まっくろ》になっているあの蓋《ふた》を揚《あ》げると、その中に本や雑記帳や石板《せきばん》と一緒になって、飴《あめ》のような木の色の絵具箱があるんだ。そしてその箱の中には小さい墨のような形をした藍や洋紅の絵具が……僕は顔が赤くなったような気がして、思わずそっぽを向いてしまうのです。けれどもすぐ又《また》横眼でジムの卓《テイブル》の方を見ないではいられませんでした。胸のところがどきどきとして苦しい程《ほど》でした。じっと坐っていながら夢で鬼にでも追いかけられた時のように気ばかりせかせかしていました。
 教場に這入《はい》る鐘がかんかんと鳴りました。僕は思わずぎょっとして立上りました。生徒達が大きな声で笑ったり呶鳴《どな》ったりしながら、洗面所の方に手を洗いに出かけて行くのが窓から見えました。僕は急に頭の中が氷のように冷たくなるのを気味悪く思いながら、ふらふらとジムの卓《テイブル》の所に行って、半分夢のようにそこの蓋を揚げて見ました。そこには僕が考えていたとおり雑記帳や鉛筆箱とまじって見覚えのある絵具箱がしまってありました。なんのためだか知らないが僕はあっちこちを見廻《みまわ
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