、とにかくそういう者を避けるために不意に倉地が姿を隠さねばならぬらしい事は確かだった。それにしても倉地の疎遠は一向《ひたすら》に葉子には憎かった。
 ある時葉子は激しく倉地に迫ってその仕事の内容をすっかり[#「すっかり」に傍点]打ち明けさせようとした。倉地の情人である葉子が倉地の身に大事が降りかかろうとしているのを知りながら、それに助力もし得ないという法はない、そういって葉子はせがみにせがんだ。
 「こればかりは女の知った事じゃないわい。おれが喰《くら》い込んでもお前にはとばっちり[#「とばっちり」に傍点]が行くようにはしたくないで、打ち明けないのだ。どこに行っても知らない知らないで一点張りに通すがいいぜ。……二度と聞きたいとせがんでみろ、おれはうそほん[#「うそほん」に傍点]なしにお前とは手を切って見せるから」
 その最後の言葉は倉地の平生《へいぜい》に似合わない重苦しい響きを持っていた。葉子が息気《いき》をつめてそれ以上をどうしても迫る事ができないと断念するほど重苦しいものだった。正井の言葉から判じても、それは女手などでは実際どうする事もできないものらしいので葉子はこれだけは断念し
前へ 次へ
全465ページ中296ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング