から音曲の音がくぐもるように聞こえて来たり、苔香園《たいこうえん》から薔薇《ばら》の香《かお》りが風の具合でほんのり[#「ほんのり」に傍点]とにおって来たりした。ここにこうして倉地と住み続ける喜ばしい期待はひと向きに葉子の心を奪ってしまった。
 平凡な人妻となり、子を生み、葉子の姿を魔物か何かのように冷笑《あざわら》おうとする、葉子の旧友たちに対して、かつて葉子がいだいていた火のような憤りの心、腐っても死んでもあんなまねはして見せるものかと誓うように心であざけったその葉子は、洋行前の自分というものをどこかに置き忘れたように、そんな事は思いも出さないで、旧友たちの通《とお》って来た道筋にひた走りに走り込もうとしていた。

    二八

 こんな夢のような楽しさがたわいもなく一週間ほどはなんの故障もひき起こさずに続いた。歓楽に耽溺《たんでき》しやすい、従っていつでも現在をいちばん楽しく過ごすのを生まれながら本能としている葉子は、こんな有頂天《うちょうてん》な境界《きょうがい》から一歩でも踏み出す事を極端に憎んだ。葉子が帰ってから一度しか会う事のできない妹たちが、休日にかけてしきりに遊びに
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