ん》をのぼって行った。葉子は吾妻《あずま》コートも脱がずにいいかげんぬれたままで黙ってそのあとからついて行った。
 二階の間《ま》は電燈で昼間《ひるま》より明るく葉子には思われた。戸という戸ががたぴし[#「がたぴし」に傍点]と鳴りはためいていた。板|葺《ぶ》きらしい屋根に一寸|釘《くぎ》でもたたきつけるように雨が降りつけていた。座敷の中は暖かくいきれて、飲み食いする物が散らかっているようだった。葉子の注意の中にはそれだけの事がかろうじてはいって来た。そこに立ったままの倉地に葉子は吸いつけられるように身を投げかけて行った。倉地も迎え取るように葉子を抱いたと思うとそのままそこにどっか[#「どっか」に傍点]とあぐらをかいた。そして自分のほてった頬《ほお》を葉子のにすり付けるとさすがに驚いたように、
 「こりゃどうだ冷えたにも氷のようだ」
 といいながらその顔を見入ろうとした。しかし葉子は無性《むしょう》に自分の顔を倉地の広い暖かい胸に埋《うず》めてしまった。なつかしみと憎しみとのもつれ合った、かつて経験しない激しい情緒がすぐに葉子の涙を誘い出した。ヒステリーのように間歇的《かんけつてき》にひき起こるすすり泣きの声をかみしめてもかみしめてもとめる事ができなかった。葉子はそうしたまま倉地の胸で息気《いき》を引き取る事ができたらと思った。それとも自分のなめているような魂のもだえの中に倉地を巻き込む事ができたらばとも思った。
 いそいそと世話女房らしく喜び勇んで二階に上がって来る葉子を見いだすだろうとばかり思っていたらしい倉地は、この理由も知れぬ葉子の狂体に驚いたらしかった。
 「どうしたというんだな、え」
 と低く力をこめていいながら、葉子を自分の胸から引き離そうとするけれども、葉子はただ無性にかぶりを振るばかりで、駄々児《だだっこ》のように、倉地の胸にしがみついた。できるならその肉の厚い男らしい胸をかみ破って、血みどろになりながらその胸の中に顔を埋めこみたい――そういうように葉子は倉地の着物をかんだ。
 徐《しず》かにではあるけれども倉地の心はだんだん葉子の心持ちに染められて行くようだった。葉子をかき抱《いだ》く倉地の腕の力は静かに加わって行った。その息気《いき》づかいは荒くなって来た。葉子は気が遠くなるように思いながら、締め殺すほど引きしめてくれと念じていた。そして顔を伏せ
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