思う男をどこからどこまで自分のものにして、自分のものにしたという証拠を握るまでは、心が責めて責めて責めぬかれるような恋愛の残虐な力に葉子は昼となく夜となく打ちのめされた。船の中での何事も打ち任せきったような心やすい気分は他人事《ひとごと》のように、遠い昔の事のように悲しく思いやられるばかりだった。どうしてこれほどまでに自分というものの落ちつき所を見失ってしまったのだろう。そう思う下から、こうしては一刻もいられない。早く早くする事だけをしてしまわなければ、取り返しがつかなくなる。どこからどう手をつければいいのだ。敵を斃《たお》さなければ、敵は自分を斃《たお》すのだ。なんの躊躇《ちゅうちょ》。なんの思案。倉地が去った人たちに未練を残すようならば自分の恋は石や瓦《かわら》と同様だ。自分の心で何もかも過去はいっさい焼き尽くして見せる。木部もない、定子もない。まして木村もない。みんな捨てる、みんな忘れる。その代わり倉地にも過去という過去をすっかり忘れさせずにおくものか。それほどの蠱惑《こわく》の力と情熱の炎とが自分にあるかないか見ているがいい。そうしたいちずの熱意が身をこがすように燃え立った。葉子は新聞記者の来襲を恐れて宿にとじこもったまま、火鉢《ひばち》の前にすわって、倉地の不在の時はこんな妄想《もうそう》に身も心もかきむしられていた。だんだん募って来るような腰の痛み、肩の凝り。そんなものさえ葉子の心をますますいらだたせた。
 ことに倉地の帰りのおそい晩などは、葉子は座にも居《い》たたまれなかった。倉地の居間《いま》になっている十畳の間《ま》に行って、そこに倉地の面影《おもかげ》を少しでも忍ぼうとした。船の中での倉地との楽しい思い出は少しも浮かんで来ずに、どんな構えとも想像はできないが、とにかく倉地の住居《すまい》のある部屋《へや》に、三人の娘たちに取り巻かれて、美しい妻にかしずかれて杯を干している倉地ばかりが想像に浮かんだ。そこに脱ぎ捨ててある倉地のふだん着はますます葉子の想像をほしいままにさせた。いつでも葉子の情熱を引っつかんでゆすぶり立てるような倉地特有の膚の香《にお》い、芳醇《ほうじゅん》な酒や、煙草《たばこ》からにおい出るようなその香《にお》いを葉子は衣類をかき寄せて、それに顔を埋《うず》めながら、痲痺《まひ》して行くような気持ちでかぎにかいだ。その香《にお
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